桑田真澄
桑田 真澄(くわた ますみ) 投手
1968年4月1日生まれ 大阪府出身
PL学園高等学校出身
1986 読売ジャイアンツ
2007 ピッツバーグ・パイレーツ
PL学園時代はエースとしての活躍だけではなく、清原とともに打者としても大活躍する。このように、高校時代にエースで打撃も得意だったというプロ野球選手は多いが、桑田の場合はそれがプロに入ってからも継続することとなる。
2002年のとある横浜戦、延長11回表ノーアウト一塁の場面で、桑田はなんと代打に起用されたことがあった。このとき、バントではなく、ヒットを打っています。
打撃だけではなく、ゴールデングラブ賞を何度も獲っていることが証明しているように、守備にも定評がある。バントの名手:川相昌弘が「バントを一番決めにくいピッチャー」と言っていたらしい。
1995年、小フライをダイビングキャッチする際に、右ひじのじん帯を痛め、1995年・1996年シーズンを棒にふることとなる。
右肘手術後、投球ができない状態が続いた際、桑田はジャイアンツ球場の外野のランニングを続け、その部分は芝がはげ、「桑田ロード」と呼ばれている。
1997年の復活のマウンドでは、プレートに自身の右ひじをかかげた。その復活の試合で、小フライに「あの日」と同じように躊躇することなくダイビングをした姿は、今でもはっきりと覚えています。